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東京高等裁判所 平成7年(ネ)2362号 判決

第一九七〇号事件控訴人(以下「控訴人」という。)

箕輪町

右代表者町長

井沢通治

右訴訟代理人弁護士

長谷川洋二

第二三六二号事件控訴人(以下「控訴人」という。)

有限会社小島管工設備

右代表者代表取締役

小島鉄三

第二三六二号事件控訴人(以下「控訴人」という。)

小島鉄三

右控訴人二名訴訟代理人弁護士

毛利正道

両事件被控訴人(以下「被控訴人」という。)

金子国子

両事件被控訴人(以下「被控訴人」という。)

金子重幸

右被控訴人ら訴訟代理人

戸田信吾

牧元大介

鈴木諭

主文

一  本件控訴をいずれも棄却する。

二  控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人ら

1  原判決中控訴人らの敗訴部分を取り消す。

2  被控訴人らの請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は第一・二審とも被控訴人らの負担とする。

二  被控訴人ら

本件控訴をいずれも棄却する。

第二  事案の概要

次のとおり付加、訂正するほか、原判決の「事実及び理由」第二に記載のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決の訂正

1  原判決二枚目裏八行目から同九行目にかけての「民法七一五条」を「民法七一五条一項及び有限会社法三二条、商法七八条二項、民法四四条一項」に改める。

2  同三枚目表一行目の末尾に「原審は、被控訴人らの請求をそれぞれ二三二八万六一六八円の限度で認容してその余を棄却し、これに対して控訴人らだけが控訴した。」を加え、同二行目の「及び証拠上明かな事実」を「等」に改める。

3  同四枚目裏二行目の「ジョギング中に」の次に「、本件県道を北上し、本件町道を西進しようとして」を加える。

4  同五枚目表四行目から同五行目にかけての「被告鉄三らの使用者として民法七一五条の使用者」を「代表者鉄三の行為につき有限会社法三二条、商法七八条二項、民法四四条一項に基づき、敏一の行為につき民法七一五条一項に基づき」に改める。

二  当審における主張

1  控訴人箕輪町

本件工事の施工者である長岡区の水道委員に就任していた柴朝之は控訴人箕輪町の行う下水道管施設工事(以下、単に「下水道工事」ともいう。)の補助員も兼ねていたが、補助員の実際の役目は、下水道工事について、「当該場所に関して、いつからいつまで通行出来なくなるか」ということを地域住民に知らせる連絡係にすぎないのであって、同控訴人の指導を受けて本件工事の監督、監視をするという関係にはなかったのである。

したがって、たまたま柴が本件工事がされることを知っていたからといって、控訴人箕輪町に、本件事故の発生を回避することを期待することは不可能であったというべきである。

2  控訴会社及び控訴人鉄三

本件穴と英男が走ってきた本件県道との間には、平面幅2.9メートル×1.9メートル、高さ三五センチメートルの盛土が幅員2.4メートルの本件町道を塞ぐように置かれていた。これは、本件県道から本件町道に進行しようとする車両及び歩行者にとって進行を阻むに足りるものであり、その意味で危険防止施設は施されていたのである。それにもかかわらず、英男が本件穴に転落したのは、同人が真っ暗な中を走っていたため、盛土の直前又は盛土上で停止できず、おそらく盛土に足を取られ、勢いが余って本件穴に転落したものと思われる。このように、真っ暗な中で、しかも工事の痕跡が路上に残っている道路を走って通る者がいることは、一般的な現象ではなく、控訴人鉄三において予測することは著しく困難であった。その他、既に主張した事情を総合すれば、五割の過失相殺をするのが相当である。

3  被控訴人ら

(一) 一般に、道路管理者は、その管理する道路上において、道路の通常有すべき安全性を欠く状態が当然に予測されるときは、道路に危険が生じないようにすべき注意義務があるといわなければならない。

本件工事は、控訴人箕輪町が自ら発注した下水道工事に不可避的に伴う工事であり、しかも、同控訴人の職員で下水道工事の現場における監督員である毛利岳夫は、下水道工事の進捗状況について日常的に監督していたのみならず下水道工事の監督補助員をしていた柴朝之が本件工事の監督をしていたという関係にあるのであるから、同控訴人はかかる工事の実態や進捗状況を現実に把握していたし、本件工事に関連して、町道上に穴等が今後掘削されることあるいは既に掘削されたことを現実に知っていたものというべきであるから、同控訴人について本件事故の回避可能性を否定することはできない。なお、仮に、控訴人箕輪町ないし毛利が柴に対して指揮命令をすることのできる立場にないとしても、同控訴人は、指揮命令をすることのできる者に本件工事の指導ないし指揮監督を行わなければならなかったということになることにすぎない。

(二) 控訴会社及び控訴人鉄三の過失相殺の主張を争う。

第三  争点についての判断

当裁判所も、被控訴人らの本訴請求は、控訴人ら各自に対し、原判決の認容した限度で認容すべきものと判断する。その理由は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決の「事実及び理由」第四に説示のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決の訂正

1  原判決一三枚目表一行目の「第四号証」の次に「、第一九号証」を、同二行目冒頭の「功洋」の次に「・当審証人毛利岳夫」をそれぞれ加え、同五行目の「地区」を「区内」に改め、同一〇行目の「所有する」の次に「長岡区の」を加える。

2  同一四枚目表四行目の「監督は」の次に「、農業を営んでいる民間人である」を、同七行目の末尾に続けて「なお、柴は、上下水道について専門的な知識や経験を有しているわけではなく、水道委員(柴のほかにも五名いた。)として、普段は長岡区簡易水道の水質や貯水池における貯水量を調べるなどの仕事をしており、また、控訴人箕輪町の依頼により長岡区から推薦されてなった下水道工事の監督補助員として、右工事が行われる場合には、毛利から通知を受けて、受持地区内の家庭に通行規制の区域及び期間等の状況を連絡する役目をしていたが、それ以上に控訴人箕輪町の業務に係わってはいなかった。」を、同裏四行目冒頭の「て」の次に「いずれは」をそれぞれ加える。

3  同一五枚目表六行目の「昼ころ」の次に「、工事現場において」を、同一六枚目裏末行の「時点から」の次に「本件事故と相当因果関係を有する」をそれぞれ加える。

4  同一八枚目表末行の「柴が、」の次に「民間人であるとはいえ、同時に本件工事の前提となっている」を加え、同裏一行目から二行目にかけての「の指示を受けていた」を「から指示を受ける関係にあった」に、同七行目から八行目にかけての「がなされた」を「をすることができた」にそれぞれ改め、同末行の末尾に続けて「なお、控訴人箕輪町は、本件町道が安全性を欠くに至ったのは、控訴人鉄三が午後六時五〇分ころに二トントラックで掘削場所を離れたときからであり、その後本件事故が発生するまでに約五分間しかなく、控訴人箕輪町の責任を問い得ない旨主張するが、前認定の状況に照らせば、右の主張は独自の見解であり、採用することができないというべきである。」を加える。

5  同二〇枚目表二行目の「こと」の次に「、本件穴の東側すなわち本件県道側には、掘り出された土が盛土として置いてあり、それがほぼ本件町道の全部を塞いでいたこと」を加える。

二  当裁判所における主張について

1  控訴人箕輪町は、柴は下水道工事の補助員も兼ねていたが、補助員の実際の役目は、控訴人箕輪町の行う下水道工事について、「当該場所に関して、いつからいつまで通行出来なくなるか」ということを地域住民に知らせる連絡係にすぎないのであって、同控訴人の指導を受けて本件工事の監督、監視をするという関係にはなかったのであるから、たまたま柴が本件工事を知っていたからといって、控訴人箕輪町に本件事故の発生を回避することを期待することは不可能であった旨主張する。

前認定の事実によれば、本件工事は控訴人箕輪町とは別の主体である長岡区が施工者となってされたものであり、本件工事の監督をしていた柴は、民間人であり、下水道工事の監督補助員としては控訴人箕輪町の主張するような程度の仕事をしていたにすぎず、同控訴人の指導の下に本件工事の監督、監視をするという関係にはなかったものということができる。しかしながら、右の事実によれば、本件工事は、控訴人箕輪町が自ら発注した下水道工事に不可避的に伴う工事としてされたものであり、同控訴人としても、具体的な時期及び場所についてまではともかく、本件工事のために町道が掘削されることになるということは知っていたものであること(当審証人毛利岳夫の証言)、柴が控訴人箕輪町の行う下水道工事の監督補助員をしていると同時に、長岡区の水道委員として本件工事を監督すべき立場にあり、かつ、そのことを控訴人箕輪町においても了知していたこと(弁論の全趣旨)を考慮すると、本件町道の管理者として、同控訴人において、本件工事に伴う町道の安全保持のため、柴等を通じて本件町道の掘削の具体的場所、時期等についての情報を予め入手し、本件町道の掘削に伴う危険性について予め控訴会社等を指導し、本件のような事故の発生を未然に防止するためその管理を尽くす機会がなかったものということはできない。したがって、本件穴自体の掘削は、前認定のような事情で急遽されたものであること、本件穴が放置され本件町道が危険な状態になった午後六時ころから本件事故が発生した午後六時五〇分ころまで僅か五〇分程度しか経過していないこと、及び本件町道は高速道路等のように危険発生を防止するため常時巡回しなければならないような道路ではないことなどの事情を考慮しても、控訴人箕輪町に本件事故の発生を回避することを期待することが不可能であったとすることはできず、また、本件全証拠によるも同控訴人において右指導をしてその管理を尽くしたものとは認められないので、同控訴人の本件道路の管理に瑕疵があり、これにより本件事故が発生したものということができる。

2  控訴会社及び控訴人鉄三は、本件においては五割の過失相殺をするのが相当である旨主張する。

既に認定した事実によれば、英男は、真っ暗な中、工事による通行規制のある(同人は本件事故現場から約二〇〇メートル離れた場所に居住していたのであるから、右の規制がされていることを知っていたものと推認される。)本件県道をジョギングして北上し、本件町道を西進しようとし、本件穴の東側に盛られた土を乗り越えて本件事故に遭遇したものであるから、道路の安全性について疑問を持ち、その安全性について留意して通行すべきであったということができる。しかしながら、本件町道自体については何ら通行規制がされていなかったこと、本件県道についても実際は付近住民が通行していたこと、通行規制のない町道に本件穴のような大きな穴があるとは通常考えられないこと、及び控訴会社及び控訴人鉄三側の過失が極めて大きいことなどの事情をも総合すると、本件においては、過失相殺をするのは相当でないというべきである。

よって、原判決は相当であり、本件控訴はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 瀬戸正義 裁判官 西口元 裁判長裁判官 清水湛は転補のため署名押印をすることができない。裁判官 瀬戸正義)

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